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主観と世界:『向日葵が咲かない夏』道尾秀介

中学の時から十数年間

結構積極的に本を読んできたつもりです.



最近は本屋に行っても,

文庫本化されている本の殆どは読んだことがあり,

正直,ちょっと退屈だなと思っていました.



つまり,

面白いと言われている有名な本は大方読みつくし,

あとは新しい名作が生まれるのを待つだけだと信じていたのです.



しかし,先日,

それは大きな間違いであり,

まだ,自分が知らない名作が

そのへんの小さな本屋にも眠っていることに気が付かされました.




まさに食事をとるのを忘れて,

久しぶりに耽読した本は

道尾秀介の『向日葵が咲かない夏』です.

向日葵の咲かない夏 (新潮文庫)
向日葵の咲かない夏 (新潮文庫)



確かに,本屋をプラプラしていると,

この本が積まれていることは知っていました.

しかし,タイトルと表紙の感じから,

一般的な青春小説だと勘違いしていたのです.



しかし,

実際は全く違いました.

ある意味でミステリーであり,ホラーであり,確かに青春小説だとも言えます.

とにかく,久しぶりに面白い本を読んだという感じです.



自分は,

多くの人に先入観無しに,この本を読んでもらいたいと思っています.

なので,多くのことは書きませんが,

たった一つだけ,どうしても書き留めたいことがあります.



それは,小説における主観とそれを取り巻く世界についてです.

小説において,

すべての世界を構成するのは,登場人物の主観です.

そして読者はその主観を通して,その向こう側の世界を想像します.

この作品は,この構造を非常にうまく使っていると言えるでしょう.



同様の手法を使用したものとして,

歌野 晶午の『葉桜の季節に君を想うということ』

葉桜の季節に君を想うということ (文春文庫)
葉桜の季節に君を想うということ (文春文庫)

や,

綾辻 行人の『十角館の殺人』

十角館の殺人 <新装改訂版> (講談社文庫)
十角館の殺人 <新装改訂版> (講談社文庫)

が有名です.

これらの作品も良作だと思いますが,

『向日葵が咲かない夏』は

主観によるトリックに加えて,非常に奇妙で歪んでいる主観による世界観を重ね合わせることにより,

読者を不快にさせながらも,最後までページを捲らせることに成功していると言えるでしょう.



主観を通して,世界を構築する小説という媒体は,

自分とは異なる主観を追体験させることにより,

いつもは平凡に見えていた読者自身の世界が,

まるで違ったように見えるようにすることができます.

これは主観というたった一つの窓からしか世界を見ることができない

小説という媒体の特徴であり,

映画などの映像作品では難しい表現方法だと思います.



しかし,冷静に考えると,

自分たち一人ひとりの世界も殆ど同じようなものではないかと思うのです.

自分という主観からしか,結局は世界が見えないことを考えると,

まるで客観的に世界を構築していると勘違いしている自分たちの世界は,

他の人が見ている世界とは全く違うかもしれないのですから.




とにかく,

多くの人にオススメしたい作品です.